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札幌高等裁判所 昭和36年(ネ)132号 判決 1963年2月21日

控訴人(附帯被控訴人) 北海道知事

補助参加人 浪花誠二郎

被控訴人(附帯控訴人) 村林豊次郎

主文

被控訴人(附帯控訴人)の請求を棄却する。

訴訟費用は第一審、差戻前の第二審、第三審および差戻後の第二審を通じ被控訴人の負担とする。

事実

被控訴代理人は、「控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人と称する)が被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人と称する)に対し小樽市張碓町三四番地畑六反五畝二三歩につき昭和二七年四月一六日買収令書を交付してなした買収処分を取消す。訴訟費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

被控訴代理人は、請求の原因として、

一  小樽市朝里地区農地委員会は昭和二二年六月三〇日右土地(以下本件農地という。)を被控訴人所有の小作地と認めて旧自作農創設特別措置法(以下措置法という。)第三条第一項第一号の規定により買収時期を同年一〇月二日とする買収計画を樹立した旨公告し、その旨被控訴人に通知してきたので、被控訴人は同年七月八日右農地委員会に対し右買収計画に関する異議の申立をしたところ、右委員会は同月二二日これを棄却する旨の決定をなし、同月二八日被控訴人にその旨通知してきたので、被控訴人は同日北海道農地委員会に対し訴願を提起したが、右委員会は同年九月六日右訴願を棄却する旨の裁決をなし、昭和二三年一〇月二五日被控訴人にその裁決書を交付し、控訴人は昭和二七年四月一六日被控訴人に対し右土地につき買収時期を昭和二二年一二月二日とする買収令書を交付して本件農地の買収処分をした。

二  しかしながら、右買収処分には次のような違法がある。

(一)  小樽市朝里地区農地委員会は本件農地につき前記のように当初買収時期を昭和二二年一〇月二日とする買収計画を樹立したが、そのごこれを取消したので、右買収計画はなかつたことになつたのであるが、更に買収時期を昭和二三年七月二日とする買収計画を樹立したと称して右買収計画に基く買収処分を原因として農林省が本件農地の所有権を取得したとの登記が昭和二五年四月二一日付でなされているが、右買収計画については公告もなされず、被控訴人に対し通知もなされなかつたものであるから、右買収計画は無効であるところ控訴人もその無効であることを認め、昭和二七年四月一五日右買収計画に基く買収処分を取消した旨、被控訴人に通知してきた。しかして昭和二七年四月一六日被控訴人に交付された前記買収令書には本件農地の買収時期は昭和二二年一二月二日と記載されているけれども、右期日を買収時期とする買収計画は樹立されたことがない。したがつて本件農地買収処分は買収計画の樹立なくしてなされた違法のものである。

(二)  本件農地はもと被控訴人の所有であつたが、昭和二〇年一一月二〇日被控訴人が訴外中島貞吉に売渡し、その代金を受領したものであつて、本件買収当時右農地は被控訴人の所有ではなくて、右中島の所有であつたのであるから、控訴人のなした本件農地買収処分は所有者でない被控訴人を所有者としてなしたものであつて、違法である。

以上いずれの理由によるも控訴人のなした本件買収処分は違法であるから、その取消を求めるものであると陳述し、控訴人主張の事実中被控訴人が本件農地を中島貞吉に売渡すにつき北海道知事の許可を得なかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。仮に補助参加人が本件農地につき取得時効によつて所有権を取得したとしても、補助参加人はその登記をしていないから、第三者である被控訴人に対しその所有権を対抗することはできないと述べた。

控訴代理人は、本案前の抗弁として、補助参加人は本件農地のうち四反一畝一一歩(本件農地が分筆されて小樽市張碓町三四番地の二となつた部分を)措置法の規定によつて昭和二五年七月二日付で国から売渡を受け、同年八月上旬その売渡通知書の交付を受け、爾来右土地を所有の意思をもつて平穏公然善意無過失に占有してきたので、それから一〇年経過した昭和三五年八月上旬をもつて取得時効の完成により右土地の所有権を取得したものであるところ、補助参加人は右時効を援用しているから、仮に本件農地買収処分に違法があり、これを取消すべきものとしても、被控訴人は右土地の所有権を喪失したことになるから、被控訴人は本件買収処分の取消を求める法律上の利益を有しないものであると述べ、本案の答弁として、被控訴人主張の一の事実は認める。ただし本件買収令書交付の日は昭和二七年四月九日である。同二の事実は、本件農地につき被控訴人主張のような登記がなされていること、買収時期を昭和二三年七月二日とする買収計画は公告がなされていなかつたので、無効のものであつたから、これに基く買収処分は取消し、その旨被控訴人に通知されたことは認めるが、その余の事実は否認する。小樽市朝里地区農地委員会は昭和二二年六月二五日本件農地につき買収時期を同年一〇月二日と定めて買収計画を樹立し、同年六月三〇日その旨公告し、控訴人は右買収計画に基いて昭和二七年四月九日買収令書を被控訴人に交付して本件買収処分をしたものであつて、本件買収処分は買収計画の樹立なくしてなされたものではない。仮に本件農地が被控訴人主張のように被控訴人から中島貞吉に売渡されたものであるとしても、右売買は北海道知事の許可を得ていないから無効であると陳述した。

控訴人補助参加人代理人は、補助参加人は本件農地のうち前記四反一畝一一歩を措置法の規定によつて昭和二五年七月二日付で国から売渡を受け、同年八月上旬その売渡通知書の交付を受け、爾来右土地を所有の意思をもつて平穏公然善意無過失に占有してきたので、それから一〇年経過した昭和三五年八月上旬をもつて取得時効の完成により右土地の所有権を取得したものであるから、仮に本件農地買収処分が取消されても、被控訴人は右土地の所有権を喪失したことになるので、被控訴人は本件買収処分の取消を求める法律上の利益を有しないものであると陳述した。

(証拠省略)

理由

まず控訴人の本案前の抗弁について判断するに、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第五号証および差戻後の当審証人浪花誠二郎の証言によれば、補助参加人が本件農地のうち四反一畝一一歩(本件農地が分筆されて小樽市張碓町三四番地の二となつた部分)を措置法の規定により昭和二五年七月二日付で国から売渡を受け、同年八月上旬その売渡通知書の交付を受け、爾来右土地を所有の意思をもつて平穏公然善意無過失に占有してきたものであることが認められるので、補助参加人はそれから一〇年経過した昭和三五年八月上旬取得時効の完成によつても右土地の所有権を取得したものというべきであるが、本訴は控訴人がなした本件農地の買収処分の取消を求めるものであつて、もし被控訴人の請求が認められて右買収処分の取消が判決によつてなされれば、控訴人は被控訴人に対し本件農地につき右買収処分の取消を前提とする原状回復の措置を採らなければならないし、また右原状回復が不可能の場合は損害賠償をしなければならない法律上の責務が発生するものであるから、仮に本件農地につき補助参加人が取得時効によつて所有権を取得した結果、本件買収処分が取消されても控訴人が被控訴人に対し原状回復の措置を採り得ないとしても、なお被控訴人は控訴人に右原状回復に代る損害賠償を請求する余地があるから、補助参加人が前記土地を時効取得したからといつて、たゞちに被控訴人が本件買収処分の取消を求める法律上の利益がなくなるというものではなく、被控訴人において右買収処分の取消を求める法律上の利益はなお存するものというべきであるから、控訴人の右抗弁は採用しがたい。

弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第二号証の一ないし三、第三号証の六ないし八および原審ならびに差戻後の当審証人田村五三郎の証言によれば、小樽市朝里地区農地委員会は昭和二二年六月二五日本件農地を被控訴人所有の小作地と認めて措置法第三条第一項第一号の規定により買収時期を同年一〇月二日とする買収計画を樹立したことが認められ、右農地委員会が同年六月三〇日その旨公告し、被控訴人に通知したこと、そこで被控訴人が同年七月八日右農地委員会に対し右買収計画に関する異議の申立をしたところ、右委員会は同月二二日これを棄却する旨の決定をなし、同月二八日被控訴人にその旨通知したこと、被控訴人が同日北海道農地委員会に対し訴願を提起したが、右委員会は同年九月六日右訴願を棄却する旨の裁決をなし、昭和二三年一〇月二五日被控訴人にその裁決書を交付したこと、控訴人が被控訴人に対し右土地につき買収時期を昭和二二年一二月二日と記載した買収令書を交付したことは当事者間に争がなく、前顕各証拠および成立に争のない甲第一〇号証によれば、右買収令書の交付は昭和二七年四月一六日になされたものであることおよび右買収令書はさきに昭和二二年六月二五日本件農地につき樹立された買収時期を同年一〇月二日とする買収計画に基き交付されたものであつて、右買収令書の買収時期の記載が同年一二月二日となつているのは、同年一〇月二日の誤記であり、その誤記であることは前記買収計画樹立の通知を受けている被控訴人には明らかであつたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。被控訴人は右買収計画は取消されたと主張するけれども、甲第一号証の二の記載中被控訴人の右主張事実に符合するような部分は原審および差戻後の当審証人田村五三郎の証言に照らし措信しがたく、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はなく、かえつて、右証言によれば右買収計画が取消された事実はないことが認められる。したがつて、本件買収処分は右買収時期を昭和二二年一〇月二日とする買収計画に基きなされたものであつて、右買収令書の買収時期の誤記は被控訴人に不利益を及ぼすものとはいえないので、この一事によつて本件買収処分を取消すべき違法とはいえない。もつとも、本件農地については買収時期を昭和二三年七月二日とする買収計画に基く買収処分を原因として農林省が所有権を取得したとの登記がなされているが、右期日を買収時期とする買収計画は公告されなかつたので無効であるとして、控訴人において昭和二七年四月一五日右買収計画に基く買収処分を取消し、その旨被控訴人に通知したものであることが当事者間に争がないが、このことは前記認定の妨げにはならない。よつて本件買収処分は買収計画の樹立なくしてなされた違法があるとの被控訴人の主張は理由がない。

次に被控訴人は本件農地を昭和二〇年一一月二〇日訴外中島貞吉に売渡し、代金を受領したものであると主張するけれども、成立に争のない甲第五、第六号証、原審および差戻後の当審証人田村五三郎の証言、原審および差戻前ならびに差戻後の当審証人浪花誠二郎の証言、差戻後の当審証人井口亀次郎の証言と原審および差戻後の当審における被控訴本人尋問の結果の一部ならびに弁論の全趣旨を併せ考えれば、本件農地は被控訴人の所有であるところ、終戦前から浪花誠一郎、浪花誠二郎等において小作していたものであるが、終戦後食糧難の折柄被控訴人は本件農地の半分を返還してもらつて、これを中島貞吉に雇人として耕作してもらおうとしたところ、中島貞吉に自分で耕作しないなら貸してもらいたいといわれ、同人に貸すことにしたが、次いで同人から売つてもらいたいといわれ、昭和二〇年一一月二〇日被控訴人は中島貞吉に対し浪花誠一郎等が耕作している本件農地全部を将来同人等から返還を受けたとき北海道知事の許可を受けて売渡すことを約し、本件農地を目的として買主中島貞吉のためにする売買一方の予約をなし、同月二二日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をしたところ、浪花誠一郎等からは任意に右土地の返還を受けることのできなかつたことが認められる。甲第九号証には被控訴人主張の売買の事実に符合するような記載があるけれども、これは被控訴人および中島貞吉から昭和二〇年一一月二八日付売買を理由に昭和二三年二月一五日農地調整法第四条の規定による所有権移転に対する北海道知事の許可を申請したのに対し、右申請のとおり本件農地の売買が昭和二〇年一一月二八日に行われたものであるならば、農地調整法第四条の適用は受けないものであるとして、右許可申請を却下したものであつて、右売買の事実を真実と認めた趣旨とまでは解せられないから、右甲第九号証によつては前記認定を覆し、被控訴人主張の売買の事実を認定するわけにはいかない。甲第一号証の二、第二号証の各記載中および原審証人中島一雄の証言、原審ならびに差戻後の当審における被控訴本人尋問の結果中前記認定に副わない部分は前顕各証拠に対比し信用しがたく、他に前記認定を覆し、被控訴人主張の売買の事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて本件農地は被控訴人から中島貞吉に対し売買の予約がなされたにすぎず、所有権は本件買収処分当時依然として被控訴人にあつたものであるから、被控訴人を本件農地の所有者としてなした本件買収処分は適法であつて、被控訴人主張のような所有者を誤つた違法はない。

したがつて、本件買収処分には被控訴人主張のような違法はいずれもないから、その取消を求める被控訴人の請求は理由がないから、これを棄却すべきものとする。被控訴人は最初本件農地買収処分無効確認の訴を提起して第一審勝訴判決を得たが当審において上告審判決により差戻されて後訴の変更により農地買収処分無効確認の旧訴を取り下げ本件農地買収処分取消請求の新訴を提起したものであることが口頭弁論の経過により明らかであるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 南新一 輪湖公寛 藤野博雄)

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